科学者の転職記

宮古島出張-三日目(1):池間島史跡巡り

また池間島だ。今日も“マリンショップ”伊良干瀬から、雨天でも大丈夫な「池間湿原野鳥観察と史跡巡り」に参加。島の文化人が案内してくれるというのだが、文化人?野鳥観察と史跡巡り?全てがよく分からない。オーナーのおじさんが、「ガイドを呼んできましょうね」と出かけて10分後、本日のガイドで島の文化人、伊良波さんが登場した。大柄な体格に濃い眉毛、むっと結んだ口は微笑むことすらなさそうだ。退職して島に戻ったようなので、結構なお年のはずだが、非常に若く見える。少し緊張している様子だが、オーナーの「これがオープン以来3回目のツアーなんですよね」に納得。いや待てよ、1年半で二組しか申し込まなかったとは!何という不人気。それもこれもマリンショップのイメージによる物だからと思うのだが…。

ツアーは島の概説から始まった。渡された説明書を見れば自己紹介に「不肖伊良波盛男です」とある。不肖は渋すぎる、など思いながら聞いてみたが、これが意外と面白い。池間島は、宮古島の真北にあって非常に密接な関係があるのかと思いきや、実は大きな違いが色々あると。おじさん達が高校の時に宮古島の人と話したら言葉が通じなかったらしい。特に、難破して流れ着いた黒人なんかの血が混ざっている可能性があるそうだ。だから大柄で、髪の毛の質なんかも宮古の人とは違う人がいる。

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(左がオーナー、右がガイドの伊良波さん。伊良波さん出版の地名集を囲んで説明を受ける)

さて、出発である。移動はオーナーの軽バンだ。天気が悪いときのためにわざわざ傘を買ってきてくれていた。島の神聖な場所、などを色々と巡った。奥さんが釘を刺したにもかかわらず、オーナーが色々と口をはさんで、それが伊良波さんと面白い掛け合いになって良かった。初めに訪れたのがマハイナスウタキ(真南風為御嶽)、聖地だ。と聞かされていって驚いた。雑草の生え茂った空き地だった。白砂が盛り上げられていたという。確かに小さな山のような物があるが、よく見えない。里神オバァ二人が本来は管理すべきなんだそうだけど、どうなってるんだろう、と。昔は神々しい姿で色々とやっていたんだそうだ。

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(奥の壊れた建築物に明治天皇の写真が飾ってあったそうだ。何と鉄筋コンクリート製で戦後は民家になっていたんだそうだ。右は神社になっていて渡来神の墓がある。我々が立っている場所は島で最初の学校跡。幼稚園の演芸会の写真を撮ったんだよ、とオーナー。)

今回のツアーを通して非常に印象深かったのは、その小さな島の中に文化が凝縮していたことである。ウタキや天につながる場所、カツオ漁業でかつて華やかだった町並、古くは狼煙で島々の連絡を取り最近は漁船の帰港の連絡に使われた遠見台、そういった史跡達が全て収まっている。島文化の縮図のように思えた。このツアーは、都会の街角でふと史跡標に足を止めてしまう人なんかに最適なツアーだろうと思う。池間で史跡が住民とつながりを持っていることを知れば、地元の史跡に対する考えも少なからず深まるだろうと思うのである。

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